福岡高等裁判所 昭和57年(ネ)607号 判決 1985年3月20日
主文
原判決を次のとおり変更する。
昭和五〇年三月三一日被控訴人大分市白木漁業協同組合臨時総会でなされた別大国道拡幅工事に伴う漁業権消滅補償金配分について別紙記載の基準で被控訴人漁業協同組合役員に具体的配分額を一任するとの決議が無効であることを確認する。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取消す。昭和五〇年三月三一日被控訴人大分市白木漁業協同組合臨時総会でなされた別大国道拡幅工事に伴う漁業権消滅補償金配分について被控訴人漁業協同組合役員に白紙一任するとの決議が無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し、原判決三枚目表一〇行目に「一億六〇〇万円」とあるのを「一億六〇〇〇万円」と、同一一行目に「七パーセント」とあるのを「七〇パーセント」と訂正する)。
一 控訴人の主張
共同漁業権は、法人たる漁業協同組合にその管理権が、組合員を構成員とする漁民集団(入会集団)にその収益権能が分有されているものである。従つて、共同漁業権消滅補償金は右の収益権能に対する代償としての性格を有するものであるから、漁民集団全体に総有的に帰属するものである。この点は原判決も認めているところである。従つて、以上を前提とするかぎり、控訴人が原審で主張したとおり、漁業権の消滅補償金は単一体としての漁民集団に於ける全員一致の協議で分割すべきであり、協議が調わないときは、民法第二五八条一項の準用による裁判上の分割手続を経るべきであるとするほかない。
原判決は、総有における全員一致の原則を修正した慣行なるものを認めるが、慣習規範は、違反とそれに対する反応とによつて動的に機能しているのであるから、慣習規範の変化ないし消滅は、単に違反の事実があつたということだけでは足りず、その違反に対する反対が存しない、あるいは存在しなかつたという事実が加わつて可能となるのであるから、慎重に認定さるべきである(川島武宜・近代法の体系と旧慣による温泉権・法協七六・四)。したがつて、例えば、利用形態の変更に際し、たまたま入会権者全員の同意を得ない例があつたとしても、全員がこれに不服をとなえず満足していた場合には、実質的には同意があつたものとみなすことができるが、不服者がいた場合には、その利用変更は法的には規範に違反したものであり、その事実があることによつて、入会権者の異議権そのものが消滅するわけではないというべきである。殊に、入会集団における全員一致の原則が慣行により多数決に変更されたとするには、総有関係の本質的要素の修正であり総有関係自体の廃絶を意味するから、慣行の認定は一層慎重でなければならない。
しかして、被控訴人組合における過去の漁業補償金配分例は本件を含めて五件であるが、本件を除くと、いずれもその配分は組合員全員が参加して賛成したか、もしくは一部欠席者がいても、その配分方法についてその後全員から全く異議が出なかつたものであつて、実質的には全員についての同意があつたと認められるものばかりである。
二 被控訴人の主張
1 総有関係が成り立つためには、その前提として権利主体の団体的結合が「仲間共同体」としての性格を有していることが必要であるが、今日の漁協は組合員の出資によつて設立され、脱退した組合員は出資の払い戻しを受けるし、組合員でない者は、加入前から地元住民の一人として慣行的に漁業に従事しているとしても漁業権放棄手続に参加することもなく、補償金の配分を受けることもないのである。そして今日の漁業は、漁業協同組合合併助成法等により合併を重ね、旧来の入会団体のような緊密な仲間共同体的性格を失つている。更には、総有関係においては利用形態の変更には権利者の全員一致を要するとされているが、水産業協同組合法第五〇条はこれを漁協総会の特別決議事項としているのである。
以上の事実からすると、沿革的にはともかく、今日の共同漁業権に関しては、権利主体たる団体の性格及び権利の処分管理に関する法的手続のいずれの面からみても、総有関係が成立する前提条件は失われているものといわざるを得ない。
2 仮に本件補償金の帰属の性質が総有であるとしても、その配分に全員一致を要するか否かは、総有であることから理論的に演繹されるものではなく、慣行的規範の内容によつて決定さるべきである。しかるところ、今日漁業補償金の配分が全員一致でなさるべきであるとする慣行的規範は存在せず、却つて、被控訴人組合においては、本件総会の議事の進め方に照らしても、反対意見があつても、最終的には議決によつて多数決で決することは、本件総会当時の組合員の一致した規範意識であつたというべきである。
三 証拠(省略)
理由
一 被控訴人が昭和二四年一二月一〇日設立された漁業協同組合であり、控訴人が同四二年四月一日から同組合の正組合員であること、同五〇年三月三一日に開催された被控訴人組合の臨時総会において別大国道拡幅工事に伴う共同漁業権消滅補償金の配分について組合役員に一任する旨の決議がなされたことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一、第三、第四号証、乙第一号証、原審における控訴人本人及び被控訴人代表者各尋問の結果によると、被控訴人組合は、大分市及び別府市の他の四漁業協同組合(大分漁業協同組合、大分市西部漁業協同組合、三佐漁業協同組合、別府市漁業協同組合)とともに昭和五〇年三月一日九州地方建設局長との間で、建設省が施行する国道一〇号線拡幅工事に伴う漁業に関する損失補償について契約を締結し、被控訴人ら組合において共同漁業権を放棄し、その補償金として被控訴人ら組合に一括して金四億三八三〇万円が支払われることになり、そのうち被控訴人組合に対し金一億七六七〇万円が支払われた。被控訴人組合の前記の臨時総会では、右補償金一億七六七〇万円のうち金一二〇〇万円は組合員に分配せず被控訴人組合に留保し、その残額について組合執行部が提示した配分基準に基づいて組合員に配分することが討議され反対のあるまま決議された。右補償金は別大国道の拡幅に伴い被控訴人組合の漁場においては、およそ海岸線から沖合六〇米程度を埋立てるものであるから沿岸近くで、うにや天草などのいざり漁を主体とした漁民には影響が大きかつた。そのため、当日の臨時総会には総組合員六三名(正組合員五九名、準組合員四名)中五五名(内委任状によるもの一〇名)が出席していたが、前記金一二〇〇万円を組合に留保してその一部で建設省から設置して貰える予定の船溜りに附属の施設を作る組合執行部役員の案に対しては、控訴人を始め漁船等を有しない女性の組合員などの一四名から反対意見の表明があり、次いで、金一億六四七〇万円の補償金を組合執行部役員の提示した配分基準、すなわち、金四七〇万円を調整金とし、金一億六〇〇〇万円を(イ)漁業依存度七〇パーセント、(ロ)年功二〇パーセント、(ハ)資材五パーセント、(ニ)均等割五パーセントとする基準に基づいて組合執行部役員に各組合員の具体的配分額の決定を一任することの是非が討議され反対のあるまま決議されたことが認められる。そして右総会における補償金の配分決議の採決につき、控訴人が右基準に基づいて配分を執行部役員に一任することに反対の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。そして原審証人進顕市の証言、前掲控訴人本人、被控訴人代表者各尋問の結果によると、控訴人は、弁護士の所へ右補償金の配分差止め措置の相談に行つたこともあつたが、その措置はとらないで、同年四月頃被控訴人組合から補償金配分額払込みの通知を受けて府内信用金庫西大分支店にその受領に行き、その配分額が約六六〇万円余であることを知り、自己に対する配分額は一〇〇〇万円余を下ることはないと思つていたところ、他の組合員に対する配分額等が一切不明であることもあつて、右配分額に納得できず本訴に及んだこと、前記組合留保金は被控訴人組合名で金融機関に預金がなされていることが認められ、他に以上の認定を覆すに足る証拠はない。
二 控訴人は、共同漁業権消滅補償金は組合員によつて構成される漁民集団に総有的に帰属するので、その配分は組合員全員の合意によるか、民法第二五八条一項の準用によるべきであるとして、組合全員の合意が得られなかつた本件総会における漁業権消滅補償金配分についての決議は無効であると主張する。
ところで、漁業法(昭和二四年法律第二六七号)の規定によれば、共同漁業権は申請により漁業協同組合又は漁業協同組合連合会に免許が与えられ(漁業法第一四条八項)、組合員は漁業を営む権利を有するものとされている(同法第八条)が、現行漁業法は従来の入会的権利である地先水面専用漁業権と慣行専用漁業権を廃止して共同漁業権としたとは言つても権利の性質に変更を加えたものではなく、漁業協同組合を設立して団体的規律を加えるとともに、主として漁民の厚生保護、資材・施設の共同購入、共同管理、集荷・販売などの便宜を与えることを目的としたものであるから、入会漁業権の帰属関係に実質的な変更をもたらしているものとは言えないのであり、法人たる組合が管理権を、組合員を構成員とする入会集団(漁民集団)が収益権能を分有する関係にあると認められる。
そうすると、本件共同漁業権消滅補償金は、右収益権能喪失による損失の補償を目的として入会集団に支払われたものと認められるから(組合と入会集団とは表裏の関係にあり、組合が漁業権消滅補償金に関する交渉に関与し、組合名で漁業消滅補償金を受領している場合も異ることはない。)、被控訴人組合員を構成員とする入会集団に分割されない一体のものとして総有的に帰属するものというべきである。
三 しかして、右漁業権消滅補償金が入会集団の収益権能喪失に対する損失補償として入会集団すなわち被控訴人組合の構成員に総有的に帰属するものであるからその分配はその帰属主体たる入会集団の慣行的規範による分割手続を経て構成員たる個々の漁民に帰属するものと解されるが、特段の慣行的規範が形成されていない限り、右補償金が入会集団に一体のものとして総有的に帰属するものである以上、構成員全員一致の協議によることを原則とするものというべく、全員一致の協議が成立しないときは、民法第二五八条一項を準用し分配をなすほかないものと解される。
四 ところで被控訴人は、被控訴人組合においては共同漁業権消滅補償金の配分につき、総会における多数決の原則が入会集団の構成員たる組合員の一致した規範意識であつた旨主張する。
前掲甲第一、第三号証、成立に争いのない甲第五、六号証の各一、二、甲第七号証の一ないし四、甲第八、九号証の各一、二、乙第五号証ないし第八号証、当審証人秦厳の証言、原審及び当審における控訴人本人及び原審における被控訴人代表者尋問の結果を総合すると、被控訴人組合においては昭和四三年頃から同五一年頃までの間に、本件を含め五件の漁業補償金配分の問題が生じた(うち四件は本件前の問題であり、うち一件は本件後生じた漁業補償金配分の問題であつて、そのうちの一件は西日本電線の企業公害による損害補償金の配分であるが、この補償金も被控訴人組合に一括して支払われているのでその補償金の帰属も漁業権消滅補償金と同一であると考える。)。個々の配分がどのように行われたかは被控訴人組合の議事録等の記録上明らかでない点も多いが、先ず昭和四三年九州石油からの漁業補償金八〇万円余は組合臨時総会で出席組合員全員一致(組合員全員が出席していたか否か不明)により配分を組合役員に白紙一任することの決議がなされて分配された。次に昭和四四年富士鉄桟橋建設に伴う漁業補償金四〇〇万円の配分については、当時の組合員四五名全員が出席し組合執行部の配分案(配分順位を、第一位、桟橋建設の付近で漁業を営む者、第二位、漁舟、漁具を持つている者、第三位、漁舟を持つている者、第四位、一般組合員とするもの)で配分することに全員異議なく賛成し、同じく、その追加補償金の配分につき全組合員四五名中四四名が出席して行われた臨時総会では、追加補償金の額も少額であるとして全組合員に均等割として組合出資金に充てることに全員の賛成があつた。次に前記西日本電線の公害による漁業被害の補償金については昭和四八年に臨時総会が開催され出席組合員(全員出席か否かは不明)の総意で各部落から配分委員を選出して配分額を定めることが決議され(この際の配分委員には控訴人も選出されたが、この時の配分額には配分委員に利己的で不公平であるとして組合員に不満が生じ、控訴人はその非難を受けている。)配分委員の定めた配分額を組合執行部役員において修正して組合員に配分がなされた。次いで本件補償金は前叙のようにして配分された、本件後生じた昭和電工の漁業補償金二一〇〇万円の分配の件については、昭和五一年に開催された臨時総会において、出席組合員(全員出席か否か不明)のうち四名が組合役員に配分を白紙一任することに反対であつたので、更に継続審議をすることとし、結局、同年五月の定時総会で反対者一名を除き他の出席組合員全員が補償金の配分を執行部に一任することに賛成の決議をしたので、被控訴人組合は右決議に基づいて補償金を各組合員に配分した。そして、被控訴人組合役員は、漁業権の放棄、漁業権行使規則の制定変更が組合総会の定足数の三分の二以上の多数により議決することが可能であることから、漁業権放棄の代償たる補償金の配分についても多数決原理によつてこれを配分することができるとする意識が強いが、補償金の配分が多数決で議決できるものであるか否かにつき確たる確心を持つている訳ではなく本件以前において、被控訴人組合の組合員において議論されたこともなかつた。以上の事実を認めることができ右認定を覆すに足る証拠はない。右認定したところによると、本件以前の漁業補償金配分(九州石油、富士鉄、西日本電線の件)については、いずれも総会出席組合員全員が漁業補償金の配分を組合役員ないし配分委員に白紙一任する決議をしている例であり、右各総会に出席しなかつたものも、多少の不満はあつたにしても異議を述べずに漁業補償金の配分を受けた以上被控訴人組合の組合員全員従つて入会集団全員の同意のうえで漁業補償金が配分されたとみて差しつかえない事例であつて、総会に出席しなかつたものが出席者の多数の決議に屈服させられた関係とみるべき資料も存在しないので、被控訴人組合においては、本件以前において漁業補償金の配分につき多数決原理が慣行として確立していたということはできない。
なるほど総有は入会集団の慣行に由来するものだから、総有における全員一致の原則も入会集団の慣行の変化にしたがつて修正されることは否定できない。しかも現行漁業法、水産業協同組合法によると、入会集団に法人格を付与し、その組織及び活動に近代的原理を導入し、共同漁業権の放棄・漁業権行使規則の制定変更など、本来入会集団の権限であつた事柄について組合総会の特別決議事項として多数決原理を採用していることが、組合と表裏の関係にある入会集団の意思決定方法についての構成員の規範意識に変更をもたらし、多数決の慣行を生成することは考えられることではあるけれども、前叙のとおり共同漁業権の実質的内容をなす漁業を営む権利は入会集団たる組合員に総有的に帰属するもので、漁業協同組合の特別決議事項とされている漁業権の管理の側面とは異つているばかりでなく、各組合員の漁業依存度、漁業の可能性、取得している免許や漁場などによつて、漁業権の全部又は一部が消滅することによつて被る組合員の損害はおのづから異なり、均質でないため多数決原理が必ずしも公平に妥当するとは言い難いから、たやすく多数決原理の慣行を認めることは問題があるというべきである。
以上説示のとおり、被控訴人組合が本件漁業権消滅補償金の配分につき採用した、漁業依存度七〇パーセント、年功二〇パーセント、資材五パーセント、均等割五パーセントとする組合役員の配分基準及び控訴人に対する具体的配分額の決定が果して妥当であつたか否かはともかく、昭和五〇年三月三一日被控訴人組合の臨時総会でなされた本件漁業権消滅補償金配分について別紙記載の基準で被控訴人組合役員に具体的配分額を一任するとの決議(控訴人主張のように全くの白紙一任の決議ではない。)は、全員一致を欠くものであり無効というべきである。
よつて、控訴人の本訴請求は主文二項の限度で理由があるのでこれを認容し、その余(白紙一任の決議を前提とする点)は失当であるからこれを棄却すべく、これと異なる原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条、第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
別紙
総額一億七六七〇万円の補償金のうち<1>金一二〇〇万円を組合に留保し、<2>金四七〇万円を調整金とし<3>残金一億六〇〇〇万円を(イ)漁業依存度七〇パーセント、(ロ)年功二〇パーセント、(ハ)資材五パーセント、(ニ)均等割五パーセントの割合で配分するという基準